医学勉強合間のメモ

ただのメモです。医師です。詳しい情報まで見たい方には向きません。

麻酔が癌患者の長期予後に与える影響について

 とても衝撃的な内容だった。医学部で5年間医学を学んできたが、まさか麻酔が癌患者の予後に影響を与えるとは思いもしなかった。

 実習でその事実を、大学の医師から教わり、衝撃を受け、検索したら以下の文献が見つかった。

 

長期予後を考えた麻酔・周術期管理-overview- 加藤正明

https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjsca/34/3/34_377/_pdf

上の文献は、周術期に投与した薬が患者の長期予後に与える影響について解説している。以下に概要を示す。

 

周術期の全身性の炎症が遷延することにより合併症の発症率が増加し、予後が悪化すること、炎症により癌の転移が促進されることが述べられている。そして、抗炎症作用をもつ種々の薬剤の投与により合併症の発症率を抑え、癌の転移にも抑制的に働く可能性があることが述べられている。

 ここでは、手術による侵襲と麻酔薬の癌免疫への影響について簡潔にまとめておく。

 

癌を排除する免疫機構として、NK細胞によるものが挙げられるが、

①手術侵襲による神経内分泌反応・全身性炎症反応

②吸入麻酔薬

オピオイド

の三つの要因によってNK細胞が抑制されることが分かっている。

 

 癌細胞は自ら炎症性サイトカインを分泌することでマクロファージを活性化し、癌組織内への血管新生を促進することで増殖を進める。手術期は侵襲により全身性の炎症反応が起こるため、これにより癌の血管新生が促進され、増殖が進行すると考えられているらしい。

 また、吸入麻酔薬により免疫が抑制されることが分かっている。

・吸入麻酔薬を吸入したマウスでNK細胞活性値が下がる

・腫瘍肝転移モデルマウスで、セボフルランにより観点に率が上昇する

・セボフルラン、イソフルランによりヒトの末梢リンパ球が早期にアポトーシスを引き起こされる

等ということが分かっている。

 モルヒネは、NK細胞の活性を抑え、癌細胞の血管新生を促すことが分かっている。

・マウス乳がんモデルでモルヒネは有意に発がん率を上昇させ、ナロキソンでその作用は拮抗される

前立腺癌において、術中スフェンタニルが再発率を有意に増加させる

といったことが分かっている。

 

また、オピオイド、吸入麻酔薬の作用は、局所・区域麻酔の併用で抑制されることが示唆されている。これは、局所・区域麻酔が術中の神経内分泌反応を抑制し、オピオイド・吸入麻酔薬の使用量を減少させるからであると考えられる。

 

消化器外科の手術において、全身麻酔単独と硬膜外麻酔併用を比較した前向き研究では、両者の術後生存率に有意差は無かった、とされているが、オピオイド、吸入麻酔薬の使用量を低下させる局所・区域麻酔の併用は、いずれにせよ患者にとってデメリットとなることはなく、生存率を延長させる要因でもあるかもしないので、麻酔薬の適切な使用を心がけなければならない。